院長挨拶


【院長挨拶・プロフィール】

ひびきのカイロプラクティック 代表の安部 昭宏(あべ あきひろ)です。ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。


私は国家資格である「あん摩マッサージ指圧師」を持ち、現在は地元である北九州市若松区で、心・食・体と自律神経を整える総合施設「ウェルネステラスひびきの」を経営しています。


私がなぜ、政治や経済の枠組み、そして損得勘定を一切抜きにして、目の前のお客様の命や自然治癒力と真っ直ぐに向き合う「純粋な指圧・カイロプラクティック」を提供するようになったのか。少し私の歩んできた道をお話しさせてください。


■ 幼少期から20代:夢を追いかけ、世界を巡った模索の時代

私の父は、剣道、柔道、空手、少林寺拳法などを修めた武道家でした。私に指圧やスポーツ、格闘技などを教えてくれただけでなく、背中で男としての生き様を見せてくれる厳しくも温かい人でした。

幼少期の私は、毎晩寝る前に父から絵本を読んでもらい、整体や指圧を受けて眠りについていました。


父の手は本当に心地よく、今思えばとても贅沢でありがたい環境で育ったと思います。物心ついた頃、父から言われた「男は30歳までに天職を見つけなさい」という教えが、私の人生のコンパスとなりました。


当時の私の夢は、小学生の頃は「人の膝を治すドクター」、中学時代はプロテニスプレイヤー、高校時代はパイロット、大学時代は音楽家と、自分の可能性を試すために様々な分野に情熱を注ぎました。20代では塾講師として教育の現場を経験し、さらに視野を広げるためにドイツでの在住やチェコへの語学留学も経験しました。


しかし、人生は学校の通知表のようにはいきません。地元の名門高校の受験失敗、大学受験失敗、家出、警察沙汰や家庭裁判所への出頭、就職試験の失敗、ヨーロッパでの失職など、数え切れないほどの挫折と困難を経験し、20代の頃は何をやっても面白くない暗黒の日々を過ごしていました。


「人生は、学校の通知表や評価表なんかでは決まらない」


痛い目を見て、たくさん失敗したからこそ、私は身をもってそれを学びました。いじけて腐っていた自分を変えたのは、20代後半で始めた空手でした。体と心の軸ができたことで、30歳を前にしてようやく、私の点と点が繋がり始めました。


■ 30代:運命の天職との出会い、そして東京での「壮絶な修行時代」

30歳、ついに生涯の天職に出会います。本物の技術を修めるため、指圧の最高峰である浪越学園「日本指圧専門学校」に入学し、国家資格を取得しました。実は、この修行中に私自身も初めて大好きな施術ができなくなるほどの腰痛や、ヘルニア、ぎっくり腰、頸椎症などを経験しました。


「人を癒やす立場なのに…」と絶望しかけましたが、その苦しい経験があったからこそ、私は自律神経のバランスを整えることの大切さ、食事療法や運動療法の重要性に気づき、自分の力で健やかな体を取り戻すことができたのです。


卒業後は、日本の中心である東京でさらなる高みを目指し、数年間の武者修行を敢行しました。銀座、青山、六本木、麹町、池袋など、あらゆる激戦区の老舗指圧治療院や鍼灸整骨院、訪問マッサージ院を掛け持ちしました。


当時の生活は、朝から夜中の4時まで、実に20時間労働。稼いだお金のほとんどを新たな技術の勉強代に充て、寝る間を惜しんで施術を施し、また学ぶ。「とにかく休みが欲しい!(笑)」と思うほどの極限の修行生活の中で、数万人ものお体と向き合ってきました。


■ 確かな技術の証:一流アスリートや政財界のVIPに選ばれた実績

この過酷な修行の日々の中で、のちに私の大きな財産となる、多くのトップアスリートや著名人、政財界のVIPの方々との出会いがあり、その心身のパフォーマンスを支える大役を任せていただけるまでになりました。


例えば、誰もが知るプロ野球有名球団の監督(読売巨人軍・原辰徳監督)。シーズン最終決戦に向けた重要な調整を終えた後、最高のパフォーマンスを発揮するために、私が当時いた東京・青山のスタジオ治療院までわざわざ足を運んでくださっていました。トップに立つ方が元気になることで、チームが活気づき、球界全体やファンのみなさんまで元気になっていく。その圧倒的なエネルギーを間近で支えられたことは、私の大きな誇りです。


これまで、国民的映画監督やタレント、有名ロックミュージシャン、実力派俳優、世界的指揮者、プロゴルファー、相撲取り、ラグビーやバレーの日本代表選手、柔道全日本チャンピオン、さらには歴代内閣総理大臣ファミリー、元国会議員や大臣、大手総合商社の社長、大手グループの会長など、一流と呼ばれる方々の期待に応え続けてきたことが、私の技術の確固たる土台となっています。


一流と呼ばれる方々ほど、ご自身の「体と心のメンテナンス」に一切の妥協をされません。


領域は違えど、己の道を極めたプロフェッショナルであるイチロー氏やヒクソン・グレイシー氏、桜井章一氏(雀鬼)のような、圧倒的な自己管理とブレない心の軸を、私は日々の施術のなかに落とし込んでいます。


■ 引き算の健康法と、自然治癒力を信じる暮らし

現代社会はモノや情報に溢れていますが、私の私生活はいたってシンプルです。「足す」ことよりも、本来不要なものを「引く」自然共存の暮らしを大切にしています。


食事は冨田式の元米(玄米)生活を中心に、自然農法で育った大地の恵みをいただく。シャンプーや洗剤を過剰に使わず「水洗い」を中心とし、テレビのノイズから離れる「No TV」の生活の中で、読書を通じて内面を磨いています。


休日にはアウトドアやキャンピングに出かけ、焚き火の炎を見つめながら自然のエネルギーをチャージしています。テニス、空手、卓球、マリンスポーツ、ヨガなど、体を動かすことは私の人生の「JOY(喜び)」そのものです。


この「自然の摂理に沿った生き方」は、我が家の子育てのベースでもあります。伝説の小児科医・真弓定夫先生の教えに基づき、我が家では人間が生まれながらに持っている免疫力と自然治癒力を最も信頼しています。


父が私にしてくれたように、私も毎日、大切な息子に指圧や整体を行っています。正しい食事、自律神経の安定、そして何より我が家の秘訣である「笑い・笑顔」を大切にしてきた結果、息子は病気知らずの元気モリモリに育ち、病院にお世話になったのは人生で2回だけです。言葉をしゃべれない小さな子供がぐったりする姿を見るのは辛いものですが、体は手をかけてあげれば必ず応えてくれます。


■ 100歳までセラピストとして、あなたの人生を応援します

40歳を機に、育ててくれた大好きな地元・北九州市若松区へ帰郷し、2015年に独立。その後、様々な教室の開講を経て、2022年に私の人生の集大成である新店舗総合施設「ウェルネステラスひびきの」をグランドオープンいたしました。


現在ではありがたいことに、口コミやご紹介を中心に、ドクターや看護師、薬剤師といった多くの「医療従事者」の方々にもプロとして信頼をいただき、日本全国からお客様が足を運んでくださるようになりました。


治療家は、ある種の「アーティスト」だと思っています。決まりきったマニュアルをこなすのではなく、お客様のその日、その瞬間の心身の揺らぎを感じ取り、指先から音を奏でるように体を調律していく。


私が目指しているのは、単に痛みのない体をつくることだけではありません。自律神経を整えることは、毎日の心の状態を整え、ひいては「人生そのものを整えること」に繋がると信じています。


私は、100歳まで現役のセラピストとして皆様の体を守り続けるため、今も自分のメンテナンスを怠りません。いつも当院を応援し、温かいお言葉をくださる皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。


自分の人生は、自分自身で決定していくものです。

将来への健康不安をなくし、心からの喜びを持って、あなたらしく主役として自分の人生を生きていけるよう、私は全力で伴走いたします。最高の人生へ向かって、一緒に進んでいきましょう!


ウェルネステラスひびきのYouTubeチャンネルもご覧ください。


https://youtu.be/-goSVOFcy08?si=hFMJOE6hEQ7yrw63



https://youtu.be/9nFA0vjHP2w?si=_zD0wwjjRW6Ayp6B


ひびきのカイロプラクティック

院長 安部 昭宏